この出来事の要点
人物一覧
展開
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01
北芒での少帝迎入
董卓は宦官に連れ出された少帝を北芒で迎え、軍勢とともに洛陽へ入った。
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02
少数兵力を大軍に見せた偽装
董卓は兵を夜間に城外へ出し、翌朝に再入城させて西方の援軍が続々と到着したように見せた。
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03
鮑信の董卓急襲案
鮑信は董卓軍が疲れている到着直後の攻撃を袁紹へ勧めたが、袁紹は決断しなかった。
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04
首都軍の吸収
何進・何苗の配下と丁原軍が董卓の統制下へ入り、洛陽の兵権が董卓へ集中した。
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05
呂布による丁原殺害
董卓は丁原に信任されていた呂布を誘い、丁原を殺させて軍勢を併合した。呂布を騎都尉とし、父子の誓いを結んだ。
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06
袁紹の廃立反対
袁紹は董卓の少帝廃位案に同調せず、席を立って冀州へ逃れた。
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07
袁紹の勃海太守任命
周毖・伍瓊・何顒は袁紹への追及が反乱を招くと説き、董卓は袁紹を勃海太守に任じた。
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08
少帝廃位と献帝擁立
董卓は劉弁を弘農王へ降格し、劉協を献帝として即位させ、何太后と弘農王を殺した。
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09
董卓政権の形成
董卓は相国となり、廃立・武庫・国家財宝を掌握する強権的な政権を形成した。
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10
陽城住民への虐殺
董卓軍は陽城の祭祀に集まった住民を襲い、男性を殺し、女性と財物を略奪した。
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11
曹操の洛陽脱出
董卓から驍騎校尉に推された曹操は応じず、姓名を変えて洛陽から東へ逃れた。
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12
中牟拘束と釈放
曹操は中牟で疑われて拘束されたが、県内で正体を知る者の取りなしにより釈放された。
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13
曹操の陳留挙兵
曹操は家財と衛茲の援助をもとに陳留で義兵を集め、董卓討伐を掲げた。
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14
橋瑁の討董呼びかけ
橋瑁は京師の三公名義の文書を偽作し、董卓の罪悪と朝廷の危機を州郡へ伝えて義兵を募った。
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15
関東諸軍の同時挙兵
州牧・刺史・太守ら十勢力が同時に挙兵し、袁紹を盟主に推した。
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16
臧洪の盟誓
臧洪は酸棗の壇上に立ち、劉岱・孔伷・張邈・橋瑁・張超らを代表して董卓討伐の盟誓を読み上げた。
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17
周毖・伍瓊の処刑
董卓は、推薦した州郡長官が反董卓軍へ加わったことから周毖・伍瓊の内通を疑い、二人を斬った。
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18
袁隗ら袁氏一族の処刑
袁紹が関東で勢力を得ると、董卓は洛陽にいた太傅袁隗ら袁氏一族を皆殺しにした。
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19
関東諸軍の分散布陣
袁紹は河内、酸棗諸軍は酸棗、袁術は南陽などに分かれて駐屯し、董卓軍を恐れて進軍を控えた。
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20
董卓の招諭使節と王匡の殺害
董卓は胡母班・呉脩に詔書を持たせて袁紹を説得しようとしたが、王匡が二人を殺した。
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21
河陽津の王匡軍壊滅
董卓軍は陽動と背後渡河を組み合わせ、河陽津北岸で王匡軍をほぼ壊滅させた。
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22
長安遷都と洛陽焼亡
董卓は関東諸軍の挙兵を恐れて献帝と朝廷を長安へ移し、洛陽の宮殿・宗廟・官庫・民家を焼いて財産を没収した。
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23
五銖銭廃止と小銭鋳造
董卓は銅製品と五銖銭を壊して粗悪な小銭を鋳造し、貨幣価値の下落と物価高騰を招いた。
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24
滎陽汴水の曹操敗戦
曹操軍は徐栄軍と戦って大きな損害を受け、曹操は負傷したが曹洪の馬で脱出した。
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25
曹操の揚州募兵
滎陽敗戦後の曹操は夏侯惇らと揚州へ赴き、陳温・周昕から四千余の兵を得た。
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26
龍亢の兵変
揚州で募った兵の多くが龍亢で反乱し、曹操は自ら応戦して五百余の兵を残した。
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27
酸棗諸軍の停滞
酸棗の諸軍は十余万を擁しながら進まず、曹操の多方面封鎖策も採用されなかった。
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28
孫堅の北上と王叡殺害
反董卓軍へ加わる孫堅は北上途中、曹寅が偽作した使者文書を受けて荊州刺史王叡を殺した。
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29
張咨殺害と軍糧確保
孫堅は軍需の整備が進まないことを理由に南陽太守張咨を拘束し、軍門で斬った。
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30
魯陽の孫堅軍
袁術は孫堅を破虜将軍・豫州刺史とし、孫堅は魯陽で軍を整えて董卓軍を退かせた。
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31
梁東の包囲脱出
梁東で董卓軍に包囲された孫堅は、祖茂に赤い頭巾を預けて追撃をそらし、裏道から脱出した。
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32
胡軫・呂布軍の不和
陽人へ進んだ胡軫軍は諸将との不和と呂布の虚報で混乱し、装備を捨てて退いた。
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33
陽人の勝利
孫堅は兵を再集結し、陽人で董卓軍を破って都督の華雄らを斬った。
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34
軍糧停止と再調達
袁術は中傷を信じて軍糧を止めたが、孫堅の抗議を受けて輸送を再開した。
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35
和親拒否と大谷進軍
孫堅は李傕が伝えた董卓の和親案を拒み、大谷まで進んで洛陽へ迫った。
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36
洛陽入城と陵墓修復
孫堅は洛陽へ入り、董卓が掘り返した陵墓を修復した後、魯陽へ戻った。
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37
劉表の荊州基盤形成
劉表は襄陽に拠点を置き、蒯良・蒯越・蔡瑁らを用いて宗賊と地方武装勢力を統合した。
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38
劉岱による橋瑁殺害
劉岱は対立していた橋瑁を殺し、王肱に東郡太守を代行させた。
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39
劉虞擁立案
袁紹と韓馥は劉虞を皇帝に立てようとしたが、曹操は拒み、劉虞も受けなかった。
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40
連合諸侯の内紛と解体
諸軍は率先して進まず、兵糧が尽きると離散し、共同戦線は州郡を争う諸勢力へ分かれた。