189年 - 191年 董卓専横と反董卓連合 何皇后かこうごう 出来事に戻る 少帝の母である皇太后後漢朝廷・皇帝側 子の少帝が廃位された後、弘農王となった劉弁とともに董卓に殺された。 伝 何皇后に関連する出来事一覧 原文 陳寿本文巻六 董卓伝・少帝廃位と献帝擁立 遂廢帝爲弘農王。尋又殺王及何太后。立靈帝少子陳留王,是爲獻帝。 日本語対訳董卓は少帝を廃して弘農王とした。ほどなく弘農王と何太后を殺した。さらに霊帝の年少の皇子である陳留王を即位させ、これが献帝となった。
陳寿本文巻六 董卓伝・少帝廃位と献帝擁立 遂廢帝爲弘農王。尋又殺王及何太后。立靈帝少子陳留王,是爲獻帝。 日本語対訳董卓は少帝を廃して弘農王とした。ほどなく弘農王と何太后を殺した。さらに霊帝の年少の皇子である陳留王を即位させ、これが献帝となった。