189年 - 191年

董卓専横と反董卓連合

呂布奉先りょふ

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丁原を殺して董卓に従った騎都尉

董卓政権・董卓軍

呂布は丁原の信任を受けた主簿だったが、董卓に誘われて丁原を斬り、その兵の併合を可能にした。董卓から騎都尉に任じられ、父子の誓いを結んだ。

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原文

與何進謀誅諸黃門,拜執金吾。進敗,董卓入京都,將爲亂,欲殺原,併其兵眾。卓以布見信於原,誘布令殺原。布斬原首詣卓,卓以布爲騎都尉,甚愛信之,誓爲父子。
日本語対訳

丁原は何進とともに宦官を誅殺する計画を立て、執金吾に任じられた。何進が敗れ、董卓が首都へ入って混乱を起こそうとすると、董卓は丁原を殺してその兵を併合しようとした。董卓は呂布が丁原から信任されていることを利用し、呂布を誘って丁原を殺させた。呂布は丁原の首を斬って董卓のもとへ行き、董卓は呂布を騎都尉に任じて厚く信任し、父子となる誓いを結んだ。

卓亦遣兵步騎五千迎之,陳郡太守胡軫為大督護,呂布為騎督。……諸將惡憚軫,欲賊敗其事,布等宣言「陽人城中賊已走,當追尋之」,便夜進軍。城中守備甚設,不可掩襲。……布又宣言相驚,云「城中賊出來」。軍衆擾亂奔走,皆棄甲,失鞍馬。
日本語対訳

『英雄記』によれば、董卓は胡軫を大督護、呂布を騎督として陽人へ送った。諸将は性急な胡軫を嫌い、呂布らは陽人の守兵が逃げたと偽って夜間進軍させた。城の守りは固く、疲れた兵が休むと呂布は今度は敵が出たと騒ぎ、軍は武器と馬具を捨てて混乱した。