宦官に連れ出されて洛陽を離れた後、北芒で董卓軍に迎えられ、宮中へ戻った。董卓に皇位を追われて弘農王へ降格され、ほどなく何太后とともに殺された。董卓から皇帝にふさわしくないとされ、陳留王への皇位交代を提案された。
原文
陳寿本文巻六 董卓伝・北芒での少帝迎入
中常侍段珪等劫帝走小平津,卓遂將其衆迎帝于北芒,還宮。
陳寿本文巻六 袁紹伝・袁紹の廃立反対
董卓呼紹,議欲廢帝,立陳留王。是時紹叔父隗爲太傅,紹偽許之,曰:「此大事,出當與太傅議。」卓曰:「劉氏種不足復遺。」紹不應,橫刀長揖而去。
陳寿本文巻六 董卓伝・少帝廃位と献帝擁立
遂廢帝爲弘農王。尋又殺王及何太后。立靈帝少子陳留王,是爲獻帝。