河内太守として関東諸軍の同時挙兵に加わった。泰山兵を河陽津へ置いて董卓を攻めようとしたが、背後を突かれて軍のほぼ全てを失った。
原文
初平元年春正月,後將軍袁術、冀州牧韓馥、豫州刺史孔伷、兖州刺史劉岱、河內太守王匡、勃海太守袁紹、陳留太守張邈、東郡太守橋瑁、山陽太守袁遺、濟北相鮑信同時俱起兵,衆各數萬,推紹爲盟主。太祖行奮武將軍。
陳寿本文巻六 董卓伝・河陽津の王匡軍壊滅
河內太守王匡遣泰山兵屯河陽津,將以圖卓。卓遣疑兵若將於平陰渡者,潛遣銳衆從小平北渡,繞擊其後,大破之津北,死者略盡。
卓遣執金吾胡母班、將作大匠吳脩齎詔書喻紹,紹使河內太守王匡殺之。