董卓から少帝に代わる皇帝候補として名を挙げられた。董卓軍が洛陽を焼く直前、車駕を率いる形で長安へ移された。霊帝の年少の皇子で陳留王だったが、董卓に擁立されて皇帝となった。董卓の決定により、即位直後の朝廷とともに洛陽から長安へ移された。
原文
陳寿本文巻六 袁紹伝・袁紹の廃立反対
董卓呼紹,議欲廢帝,立陳留王。是時紹叔父隗爲太傅,紹偽許之,曰:「此大事,出當與太傅議。」卓曰:「劉氏種不足復遺。」紹不應,橫刀長揖而去。
陳寿本文巻六 董卓伝・少帝廃位と献帝擁立
遂廢帝爲弘農王。尋又殺王及何太后。立靈帝少子陳留王,是爲獻帝。
陳寿本文巻六 董卓伝・長安遷都
卓以山東豪傑並起,恐懼不寧。初平元年二月,乃徙天子都長安。
裴注之引用書・続漢書巻六 董卓伝・洛陽の焼亡と財産没収
大駕即西。卓部兵燒洛陽城外面百里。又自將兵燒南北宮及宗廟、府庫、民家,城內埽地殄盡。又收諸富室,以罪惡沒入其財物;無辜而死者,不可勝計。