出来事の詳細 184年 - 196年

黄巾の乱

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太平道張角らが各地で蜂起し、後漢朝廷の討伐軍と戦った大規模反乱

この出来事の要点

人物一覧

展開

  1. 01

    蜂起計画の露見

    馬元義が洛陽の内応と鄴での蜂起を準備したが、唐周の告発で処刑され、周斌らの捜査が始まった。

  2. 02

    三十六方の一斉蜂起

    計画露見を知った張角が各方へ命令を走らせ、張宝・張梁とともに黄巾を掲げて各地で一斉に蜂起した。

  3. 03

    後漢朝廷の討伐軍編成

    朝廷は何進に洛陽を守らせ、盧植を冀州へ、皇甫嵩・朱儁を潁川へ派遣して各地の兵と義兵を動員した。

  4. 04

    各地で相次ぐ官軍敗北

    朱儁は波才に敗れて皇甫嵩と長社へ退き、汝南では趙謙が敗れ、広陽では郭勲と劉衛が殺された。

  5. 05

    長社の火攻

    皇甫嵩は風を利用して包囲軍の草営へ夜襲をかけ、到着した曹操と朱儁を合わせて波才軍を大破した。

  6. 06

    陽翟・西華の追撃

    皇甫嵩と朱儁は汝南・陳国へ進み、陽翟で波才を追い、西華で彭脱を破って豫州の戦線を鎮めた。

  7. 07

    倉亭の戦い

    皇甫嵩は東郡の倉亭で卜己軍を破り、卜己を生け捕りにして黄巾軍七千余を斬った。

  8. 08

    広宗の決戦と張梁敗死

    皇甫嵩は張梁の軍を夜明けに急襲して大破し、病死していた張角の首を京師へ送った。

  9. 09

    下曲陽の決戦と張宝敗死

    皇甫嵩は鉅鹿太守の郭典と下曲陽を攻め、張宝を斬った。

  10. 10

    宛城占拠と張曼成敗死

    張曼成は南陽で兵を挙げて宛を占拠したが、後任太守の秦頡に討たれた。

  11. 11

    趙弘・韓忠の宛城抗戦

    趙弘と韓忠が相次いで宛城に拠り、朱儁は陽動と東北からの突入で城を破った。

  12. 12

    孫夏追撃と南陽戦線の終結

    孫夏が宛城へ戻ると、朱儁は西鄂の精山まで追撃して反乱軍を解散させた。

  13. 13

    州郡に広がる討伐

    徐州の陶謙・臧覇・孫観や、鄒靖に従う劉備らも各地で黄巾を討ち、州郡単位の戦いが続いた。

  14. 14

    黒山勢力の形成

    張牛角らの集団が各地で蜂起し、張燕が指揮を継ぐと、孫軽・王当らを合わせて黒山と呼ばれる勢力へ広がった。

  15. 15

    白波谷の再蜂起

    郭大ら黄巾残党が白波谷で蜂起し、太原・河東を攻めた。

  16. 16

    葛陂黄巾の蜂起

    葛陂黄巾が汝南の郡県を攻め、朝廷は鮑鴻を討伐へ派遣した。

  17. 17

    益州黄巾の蜂起

    馬相が益州刺史郗倹らを殺して天子を称したが、益州従事の賈龍に討たれた。

  18. 18

    青州・徐州への拡大

    青州と徐州で黄巾が再び蜂起し、郡県を攻めた。

  19. 19

    青州黄巾の兗州侵入

    青州黄巾が兗州へ入り、劉岱と鮑信が戦死した。曹操は済北まで追撃して降伏を受け、精鋭を青州兵に編成した。

  20. 20

    汝南・潁川黄巾の終局

    何儀・劉辟・黄邵・何曼らが数万ずつを率いたが、曹操の討伐を受け、劉辟・黄邵らは斬られ、何儀らは降伏した。