184年 - 196年

黄巾の乱

孫堅文台そんけん

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朱儁軍の佐軍司馬・攻城先鋒

後漢討伐軍

朱儁軍で西華・宛城を転戦した。西華で負傷後に復帰し、宛城では真っ先に城壁へ登って戦功を立て、別部司馬となった。

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原文

漢朝遣車騎將軍皇甫嵩、中郎將朱儁將兵討擊之。儁表請堅爲佐軍司馬,鄕里少年隨在下邳者皆願從。堅又募諸商旅及淮、泗精兵,合千許人,與儁並力奮擊,所向無前。
日本語対訳

漢朝は車騎将軍の皇甫嵩と中郎将の朱儁に兵を率いさせ、黄巾を討たせた。朱儁は上表して孫堅を佐軍司馬に招いた。郷里の若者で下邳に随行していた者たちは、みな孫堅に従うことを願った。孫堅はさらに商人や旅人、淮水・泗水一帯の精兵を募り、合わせて千人ほどを集めた。孫堅は朱儁と力を合わせて奮戦し、向かうところ敵がなかった。

吳書曰:「堅乘勝深入,於西華失利。堅被創墮馬,臥草中。軍衆分散,不知堅所在。堅所騎驄馬馳還營,踣地呼鳴,將士隨馬於草中得堅。堅還營十數日,創少愈,乃復出戰。」
日本語対訳

『呉書』にいう。孫堅は勝ちに乗じて深入りし、西華で敗れた。傷を負って馬から落ち草中に伏したため、軍は散って所在が分からなくなった。孫堅の青白い馬が陣へ走り戻り、倒れて鳴いた。将兵が馬について行くと草中で孫堅を見つけた。孫堅は陣へ戻り、十数日で傷が少し癒えると再び出戦した。

汝、穎賊困迫,走保宛城。堅身當一面,登城先入,衆乃蟻附,遂大破之。儁具以狀聞上,拜堅別部司馬。
日本語対訳

汝南・潁川の黄巾軍は追い詰められて宛城へ逃げ込んだ。孫堅は一方面を受け持ち、真っ先に城へ登った。後続の兵も蟻のように城へ取りつき、黄巾軍を大破した。朱儁が戦功を詳しく上奏し、孫堅は別部司馬に任じられた。