184年 - 196年 黄巾の乱 展開10 宛城占拠と張曼成敗死 出来事に戻る 張曼成は南陽で兵を挙げて宛を占拠したが、後任太守の秦頡に討たれた。 関係する人物 黄巾勢力 張曼成南陽黄巾の指揮者趙弘張曼成後の南陽黄巾指揮者 後漢討伐軍 秦頡張曼成を討つ南陽太守褚貢南陽黄巾蜂起時の南陽太守 原文 関連正史後漢書 巻七十一 皇甫嵩朱儁列伝・朱儁伝・宛城占拠と張曼成敗死 時南陽黃巾張曼成起兵,稱「神上使」,衆數萬,殺郡守褚貢,屯宛下百餘日。後太守秦頡擊殺曼成,賊更以趙弘為帥,衆浸盛,遂十餘萬,據宛城。 日本語対訳南陽黄巾の張曼成は神上使を称し、数万人を率いて郡守の褚貢を殺し、宛の城下に百余日駐屯した。後任太守の秦頡が張曼成を攻め殺すと、黄巾軍は趙弘を新たな指揮者とし、十余万へ増えて宛城に拠った。
関連正史後漢書 巻七十一 皇甫嵩朱儁列伝・朱儁伝・宛城占拠と張曼成敗死 時南陽黃巾張曼成起兵,稱「神上使」,衆數萬,殺郡守褚貢,屯宛下百餘日。後太守秦頡擊殺曼成,賊更以趙弘為帥,衆浸盛,遂十餘萬,據宛城。 日本語対訳南陽黄巾の張曼成は神上使を称し、数万人を率いて郡守の褚貢を殺し、宛の城下に百余日駐屯した。後任太守の秦頡が張曼成を攻め殺すと、黄巾軍は趙弘を新たな指揮者とし、十余万へ増えて宛城に拠った。