184年 - 196年

黄巾の乱

張梁ちょうりょう

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黄巾軍指揮官・人公将軍

黄巾勢力

張角・張宝の弟で人公将軍を称した黄巾指揮者。広宗で精鋭を率いたが、皇甫嵩の夜襲を受けて斬られた。

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原文

時北中郎將盧植及東中郎將董卓討張角,並無功而還,乃詔嵩進兵討之。嵩與角弟梁戰於廣宗。梁衆精勇,嵩不能克。明日,乃閉營休士,以觀其變。知賊意稍懈,乃潛夜勒兵,雞鳴馳赴其陳,戰至晡時,大破之,斬梁。角先已病死,乃剖棺戮屍,傳首京師。嵩復與鉅鹿太守馮翊郭典攻角弟寶於下曲陽,又斬之。
日本語対訳

嵩與角弟梁戰於廣宗。梁衆精勇,嵩不能克。明日,乃閉營休士,以觀其變。知賊意稍懈,乃潛夜勒兵,雞鳴馳赴其陳,戰至晡時,大破之,斬梁。角先已病死,乃剖棺戮屍,傳首京師。
日本語対訳

皇甫嵩は広宗で張角の弟・張梁と戦った。張梁軍は精強で、初めは勝てなかった。翌日、兵を休ませて敵の緩みを待ち、夜中に兵を整えて鶏鳴のころ急襲し、夕方まで戦って張梁を斬った。張角はすでに病死していたため、棺を暴いて遺体をさらし、首を京師へ送った。