184年 - 196年

黄巾の乱

馬元義ばげんぎ

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蜂起計画の組織者

黄巾勢力・蜂起計画

荊州・揚州の信徒を集めて鄴での蜂起を計画し、露見後に処刑された。

馬元義に関連する出来事一覧

原文

中平元年,大方馬元義等先收荊、楊數萬人,期會發於鄴。元義數往來京師,以中常侍封諝、徐奉等為內應,約以三月五日內外俱起。未及作亂,而張角弟子濟南唐周上書告之,於是車裂元義於洛陽。靈帝以周章下三公、司隸,使鉤盾令周斌將三府掾屬,案驗宮省直衛及百姓有事角道者。
日本語対訳

中平元年、大方の馬元義らは先に荊州・揚州で数万人を集め、鄴で一斉に蜂起する手はずを整えた。馬元義はたびたび都へ赴き、中常侍の封諝・徐奉らを内応者として三月五日の蜂起を約した。しかし張角の弟子で済南の唐周が告発し、馬元義は洛陽で車裂きにされた。霊帝はこの件を三公と司隷校尉に下し、鉤盾令の周斌に三府の属官を率いさせ、宮省の宿直・衛士および民間で張角の道に関わった者を取り調べさせた。