この出来事の要点
人物一覧
展開
-
01
王允・呂布らの暗殺計画
王允は董卓の害と簒奪の兆しを見て暗殺を計画し、董卓に殺されかけて恨みを抱き、侍女との密通発覚を恐れた呂布を内応へ引き入れた。
-
02
未央殿での董卓刺殺
李粛らが掖門で董卓を襲い、詔を掲げた呂布が董卓を殺して三族を処断した。
-
03
蔡邕の収監と死
董卓の死を嘆いた蔡邕は王允に収監され、後漢史の編纂継続を願ったが獄中で死んだ。
-
04
赦免問題と牛輔軍の崩壊
王允が董卓旧軍への正式な赦免を見送る中、李粛は牛輔討伐に敗れ、牛輔も逃亡中に側近の胡赤児らに殺されて旧軍の統制が崩れた。
-
05
賈詡の進言と長安陥落
解散を考えた李傕らは賈詡の進言で兵を集めながら長安へ進み、董卓旧軍を糾合して城を落とし、呂布を敗走させた。
-
06
王允処刑と李傕政権
長安に残った王允は処刑され、李傕・郭汜・樊稠・張済が将軍号と爵位を得て朝政を握った。
-
07
馬騰・韓遂の帰順と長平観の戦い
韓遂と馬騰は長安朝廷に帰順して将軍号を受けたが、のち馬宇らの内応計画に応じた馬騰軍は長平観で樊稠に敗れた。
-
08
三輔の略奪と飢餓
李傕らの略奪で三輔の城邑と住民は疲弊し、二年のうちに人が互いを食うほどの飢餓へ陥った。
-
09
樊稠殺害と李傕政権の亀裂
李傕は韓遂を逃がした樊稠を疑い、会議へ呼び出して殺し、その兵を自軍へ併合した。
-
10
李傕・郭汜の内戦と献帝拘束
李傕と郭汜は相互不信から長安で内戦を始め、李傕は献帝を軍営へ移し、郭汜は和睦に赴いた公卿を拘束した。
-
11
張済の調停と献帝脱出
楊奉らの離反で弱った李傕は張済の調停を受け入れ、献帝は長安を出て新豊・霸陵へ進んだ。
-
12
献帝東帰と張楊の支援
献帝一行が洛陽への帰路で食糧を欠くと、張楊は道中へ食糧を届け、旧都への帰還を支えた。
-
13
曹操の奉迎決定と曹洪の失敗
荀彧らの進言を受けた曹操は献帝奉迎を決めたが、先遣した曹洪は董承と袁術配下の萇奴に険路を塞がれた。
-
14
曹操の洛陽入城と許遷都
曹操は洛陽へ入って韓暹を退け、献帝から録尚書事に任じられた。荒廃した洛陽に代わって献帝は許へ移り、朝廷制度が再建された。