出来事の詳細 191年 - 199年

袁紹・公孫瓚の河北争奪

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袁紹冀州を得て公孫瓚と河北を争い、易京攻略によって優位を確立した

この出来事の要点

人物一覧

展開

  1. 01

    逢紀の冀州奪取策

    逢紀は袁紹に公孫瓚の南下を誘い、韓馥の恐れを利用して冀州を得る策を説いた。

  2. 02

    公孫瓚の南下と韓馥軍の敗北

    公孫瓚が冀州へ進み、安平で敗れた韓馥は支配の動揺に直面した。

  3. 03

    高幹・荀諶の韓馥説得

    高幹と荀諶らは、公孫瓚と袁紹の圧力を示して韓馥に冀州譲渡を勧めた。

  4. 04

    冀州譲渡への反対

    耿武らは冀州の兵糧を根拠に譲渡へ反対し、趙浮と程奐も抗戦を求めた。

  5. 05

    韓馥の冀州譲渡

    韓馥は反対を退けて冀州を袁紹へ譲り、袁紹が冀州牧となった。

  6. 06

    公孫越戦死と磐河進軍

    袁紹側の周昂が孫堅の陽城拠点を奪い、袁術側の反撃で公孫越が戦死したため、公孫瓚は磐河へ進んだ。

  7. 07

    界橋の戦い

    麴義の先登隊と強弩隊が公孫瓚軍を破り、厳綱を討ち取った。

  8. 08

    龍河の戦い

    龍河で公孫瓚軍は交戦前に陣形を崩し、敗走した。

  9. 09

    劉虞の公孫瓚攻撃

    公孫瓚を警戒した劉虞は軍を起こしたが敗れ、居庸へ逃れた。

  10. 10

    劉虞の敗北と処刑

    公孫瓚は居庸で劉虞を捕らえ、使者の段訓を脅して劉虞を処刑させた。

  11. 11

    劉虞旧臣の潞北反撃

    鮮于輔らは閻柔を推し、烏丸・鮮卑を招いて潞北で鄒丹を破った。

  12. 12

    麴義・劉和との合流と易京退却

    袁紹が送った麴義と劉和が劉虞旧臣に合流し、公孫瓚は敗戦を重ねて易京へ退いた。

  13. 13

    易京の築城と籠城

    公孫瓚は幾重もの堀と高楼を築いて穀物を蓄え、袁紹軍の攻撃に籠城した。

  14. 14

    黒山軍への救援要請

    包囲された公孫瓚は子を黒山軍へ送り、救援軍と内外から袁紹軍を挟撃しようとした。

  15. 15

    易京陥落と公孫瓚の死

    袁紹軍は偽の烽火と地下道で易京を破り、公孫瓚は妻子を殺して自害した。