出来事の詳細 188年 - 189年

西園八校尉と宮廷政変

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霊帝の軍政再編後、何進宦官勢力が衝突し、宮門攻撃と少帝帰還へ至る

この出来事の要点

人物一覧

展開

  1. 01

    平楽観講武と西園八校尉

    霊帝は平楽観で大規模な講武を行い、西園八校尉を設けて蹇碩を元帥とし、大将軍何進を含む京師の兵権を再編した。

  2. 02

    州牧制の再設置

    劉焉の建議を受け、朝廷は刺史の一部を牧へ改め、劉焉を益州牧、黄琬を豫州牧、劉虞を幽州牧に任じた。

  3. 03

    霊帝崩御と劉弁即位

    霊帝は劉協を蹇碩に託して崩御した。蹇碩は何進を除いて劉協を立てようとしたが、潘隠の警告で失敗し、劉弁が即位した。

  4. 04

    蹇碩誅殺と禁軍掌握

    蹇碩は何進誅殺を中常侍らへ求めたが、郭勝が書状を何進へ示した。何進は蹇碩を捕らえて誅殺し、その屯兵を接収した。

  5. 05

    宦官排斥計画

    袁紹は何進に宦官の全面排斥を進言した。何進は計画を何太后へ上奏したが、太后は宮中の旧制を理由に拒み、何苗らも反対した。

  6. 06

    外兵召集の決定

    何進は袁紹の策を採り、董卓・王匡・橋瑁・丁原らの兵を洛陽周辺へ招いた。

  7. 07

    何進の決断遅延

    何苗は宦官との和解を勧め、袁紹は早期決着を迫ったが、何進は決断を延ばした。

  8. 08

    宦官罷免と復帰

    何太后は宦官をいったん罷免したが、謝罪した宦官の処断を何進は許さなかった。

  9. 09

    袁紹の偽命令による親族捜査

    袁紹は何進の意向だと偽る文書を州郡へ送り、宦官の親族を捜査・逮捕させた。

  10. 10

    嘉徳殿前の何進殺害

    張讓・段珪らは宮中に伏兵を置き、太后の詔と偽って何進を召し入れた。尚方監渠穆が嘉徳殿前で何進を斬った。

  11. 11

    宮門攻撃と何太后救出

    呉匡と袁術は閉ざされた宮門を攻め、袁術は南宮の門を焼いた。宦官は皇太后・少帝・陳留王を北宮へ連行したが、盧植の追及で皇太后を解放した。

  12. 12

    何苗殺害

    呉匡は何苗を何進殺害の共謀者と疑い、董旻と兵を合わせて攻め殺した。

  13. 13

    宮中の宦官誅滅

    袁紹は北宮門を閉じて宦官を捕らえ、老若を問わない殺害で死者は二千余に及んだ。

  14. 14

    少帝・陳留王の北芒逃避

    張譲・段珪らは少帝と陳留王を小平津へ連れ出し、閔貢らの追撃を受けた。