この出来事の要点
人物一覧
何進
軍政再編と宦官排斥を統括した大将軍
袁紹
宦官排斥策と外兵召集を進言した司隷校尉
呉匡
何進部曲を率いた将
袁術
宮門攻撃を指揮した虎賁中郎将
盧植
皇太后救出と少帝追跡に動いた尚書
閔貢
少帝一行を追跡した河南中部掾
陳琳
外兵召集を諫めた大将軍府主簿
郭勝
蹇碩の書状を何進へ示した中常侍
潘隠
何進へ暗殺計画を知らせた司馬
龐紀
何進に招かれた智謀の士
何顒
何進に招かれた智謀の士
荀攸
何進に招かれた智謀の士
張璋
何進の部曲将
張津
何進へ宦官排斥を勧めた親客
許涼
平楽観講武を提案した大将軍司馬
伍宕
天子の軍事示威を提案した仮司馬
鮑鴻
西園下軍校尉
曹操
西園典軍校尉
趙融
西園助軍校尉
淳于瓊
西園佐軍校尉
董旻
何苗攻撃に加わった奉車都尉
王允
少帝救出へ閔貢を派遣する河南尹
展開
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01
平楽観講武と西園八校尉
霊帝は平楽観で大規模な講武を行い、西園八校尉を設けて蹇碩を元帥とし、大将軍何進を含む京師の兵権を再編した。
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02
州牧制の再設置
劉焉の建議を受け、朝廷は刺史の一部を牧へ改め、劉焉を益州牧、黄琬を豫州牧、劉虞を幽州牧に任じた。
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03
霊帝崩御と劉弁即位
霊帝は劉協を蹇碩に託して崩御した。蹇碩は何進を除いて劉協を立てようとしたが、潘隠の警告で失敗し、劉弁が即位した。
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04
蹇碩誅殺と禁軍掌握
蹇碩は何進誅殺を中常侍らへ求めたが、郭勝が書状を何進へ示した。何進は蹇碩を捕らえて誅殺し、その屯兵を接収した。
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05
宦官排斥計画
袁紹は何進に宦官の全面排斥を進言した。何進は計画を何太后へ上奏したが、太后は宮中の旧制を理由に拒み、何苗らも反対した。
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06
外兵召集の決定
何進は袁紹の策を採り、董卓・王匡・橋瑁・丁原らの兵を洛陽周辺へ招いた。
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07
何進の決断遅延
何苗は宦官との和解を勧め、袁紹は早期決着を迫ったが、何進は決断を延ばした。
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08
宦官罷免と復帰
何太后は宦官をいったん罷免したが、謝罪した宦官の処断を何進は許さなかった。
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09
袁紹の偽命令による親族捜査
袁紹は何進の意向だと偽る文書を州郡へ送り、宦官の親族を捜査・逮捕させた。
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10
嘉徳殿前の何進殺害
張讓・段珪らは宮中に伏兵を置き、太后の詔と偽って何進を召し入れた。尚方監渠穆が嘉徳殿前で何進を斬った。
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11
宮門攻撃と何太后救出
呉匡と袁術は閉ざされた宮門を攻め、袁術は南宮の門を焼いた。宦官は皇太后・少帝・陳留王を北宮へ連行したが、盧植の追及で皇太后を解放した。
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12
何苗殺害
呉匡は何苗を何進殺害の共謀者と疑い、董旻と兵を合わせて攻め殺した。
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13
宮中の宦官誅滅
袁紹は北宮門を閉じて宦官を捕らえ、老若を問わない殺害で死者は二千余に及んだ。
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14
少帝・陳留王の北芒逃避
張譲・段珪らは少帝と陳留王を小平津へ連れ出し、閔貢らの追撃を受けた。