出来事の詳細 199年 - 200年

官渡の戦い

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白馬延津の前哨戦から官渡の持久戦へ進み、烏巣の兵糧焼失で袁紹軍が崩れた

この出来事の要点

人物一覧

展開

  1. 01

    袁紹の南征軍編成

    袁紹は河北の兵力を集め、審配・逢紀に軍務を統括させ、田豊・荀諶・許攸を参謀、顔良・文醜を将として許への南進を準備した。

  2. 02

    曹操の徐州急襲と関羽の捕縛

    曹操の配下から離反した劉備が徐州に軍を置くと、曹操は袁紹の南進より先に劉備を急襲した。劉備は袁紹のもとへ逃れ、下邳を守っていた関羽は曹操軍に捕らえられた。

  3. 03

    黎陽進軍と白馬解囲

    袁紹は黎陽へ進み、顔良に白馬の劉延を攻めさせた。曹操は張遼と、徐州で捕らえて偏将軍とした関羽を先鋒に送り、関羽が顔良を討って白馬の包囲を解いた。

  4. 04

    延津の戦いと文醜戦死

    袁紹は黄河を渡って延津南へ進み、劉備と文醜に曹操軍へ戦いを挑ませた。曹操軍はこの部隊を破り、文醜は乱戦の中で戦死した。

  5. 05

    官渡での対陣と陣地攻防

    官渡へ迫った袁紹軍との正面戦で不利となり、曹操軍は陣を固めた。袁紹軍が櫓・土山から矢を浴びせ、地下道を掘って迫ると、曹操軍は投石車と長い壕で対抗した。

  6. 06

    故市の兵糧輸送隊襲撃

    荀攸は袁紹の兵糧輸送隊を率いる韓猛の隙を指摘した。曹操は徐晃と史渙を派遣し、故市で輸送隊を破って兵糧車を焼いた。

  7. 07

    曹操軍の兵糧危機

    官渡の守備が長引き曹操軍の兵糧が尽きかけると、曹操は許へ退く案を荀彧に伝えた。荀彧は袁紹軍の変化を待つべきだと説き、曹操は官渡に踏みとどまった。

  8. 08

    許攸の曹操陣営投奔

    審配が許攸の家族を拘束したことを機に、許攸は袁紹のもとを離れた。曹操へ烏巣の兵糧拠点を急襲するよう勧め、荀攸と賈詡も実行を支持した。

  9. 09

    烏巣への夜襲

    曹操は曹洪を本営に残し、自ら精鋭を率いて夜間に烏巣を襲った。援軍が迫る中でも攻撃を続け、淳于瓊らと兵糧拠点を破った。

  10. 10

    張郃・高覧の降伏

    袁紹は烏巣を救うより曹操本営を攻める策を採った。張郃と高覧は攻撃に失敗し、烏巣陥落を知ると陣を焼いて曹洪へ降伏した。

  11. 11

    袁紹軍の崩壊

    兵糧拠点と本営攻撃の双方が崩れると袁紹軍は瓦解した。袁紹と袁譚は黄河を渡って退き、沮授は渡河できず曹操軍に捕らえられた。