前線で奇策と兵站攻撃を献策する軍師
曹操勢力
荀攸は、袁紹の輸送車が間もなく到着し、指揮官の韓猛は勇猛だが敵を軽く見るため攻撃すれば破れると進言した。周囲は疑ったが、荀攸と賈詡は曹操に実行を勧めた。曹操は荀攸と曹洪を本営に残し、自ら淳于瓊らを破った。曹洪は張郃を受け入れることをためらったが、荀攸が疑う必要はないと説き、降伏を受け入れさせた
原文
太祖遂與紹相拒於官渡。軍食方盡,攸言於太祖曰:「紹運車旦暮至,其將韓𦳣銳而輕敵,擊可破也。」太祖曰:「誰可使?」攸曰:「徐晃可。」乃遣晃及史渙邀擊破走之,燒其輜重。
又與史渙擊袁紹運車於故市,功最多,封都亭侯。
陳寿本文巻十 荀彧伝・許攸の投奔
審配以許攸家不法,收其妻子,攸怒叛紹。
冬十月,紹遣車運穀,使淳于瓊等五人將兵萬餘人送之,宿紹營北四十里。紹謀臣許攸貪財,紹不能足,來奔,因說公擊瓊等。左右疑之,荀攸、賈詡勸公。
陳寿本文巻十 荀彧伝・張郃・高覧の降伏
太祖乃留攸及曹洪守。太祖自將攻破之,盡斬瓊等。紹將張郃、高覽燒攻櫓降,紹遂棄軍走。郃之來,洪疑不敢受,攸謂洪曰:「郃計不用,怒而來,君何疑?」乃受之。