194年 - 200年 孫策の江東平定 展開07 王朗を破り会稽掌握 出来事に戻る 会稽太守王朗は城を守って孫策と戦ったが敗れ、東冶まで退いた後に孫策へ出頭した。 関係する人物 孫策勢力 孫策会稽へ進攻する指揮官 後漢朝廷 王朗会稽を守る太守虞翻退避を進言する功曹 原文 陳寿本文巻十三 王朗伝・王朗の敗北 孫策渡江略地。朗功曹虞翻以爲力不能拒,不如避之。朗自以身爲漢吏,宜保城邑,遂舉兵與策戰,敗績,浮海至東冶。策又追擊,大破之。朗乃詣策。 日本語対訳孫策が長江を渡って各地を攻略すると、王朗の功曹である虞翻は、力では防げないので避けるべきだと進言した。王朗は漢の官吏として城を守るべきだと考え、兵を挙げて孫策と戦ったが敗れ、海路で東冶へ逃れた。孫策が追撃して大破すると、王朗は孫策のもとへ出頭した。
陳寿本文巻十三 王朗伝・王朗の敗北 孫策渡江略地。朗功曹虞翻以爲力不能拒,不如避之。朗自以身爲漢吏,宜保城邑,遂舉兵與策戰,敗績,浮海至東冶。策又追擊,大破之。朗乃詣策。 日本語対訳孫策が長江を渡って各地を攻略すると、王朗の功曹である虞翻は、力では防げないので避けるべきだと進言した。王朗は漢の官吏として城を守るべきだと考え、兵を挙げて孫策と戦ったが敗れ、海路で東冶へ逃れた。孫策が追撃して大破すると、王朗は孫策のもとへ出頭した。