194年 - 200年

孫策の江東平定

孫策伯符そんさく

出来事に戻る
会稽へ進攻する指揮官

孫策勢力

父の旧兵を受け継ぎ、長江を渡って劉繇・王朗らを破った。諸将と地域勢力を取り込み、孫氏の江東支配を築いたが、許貢の客に襲われ二十六歳で死去した。この展開では会稽へ進攻する指揮官として関わる

孫策に関連する出来事一覧

原文

孫策渡江略地。朗功曹虞翻以爲力不能拒,不如避之。朗自以身爲漢吏,宜保城邑,遂舉兵與策戰,敗績,浮海至東冶。策又追擊,大破之。朗乃詣策。
日本語対訳

孫策が長江を渡って各地を攻略すると、王朗の功曹である虞翻は、力では防げないので避けるべきだと進言した。王朗は漢の官吏として城を守るべきだと考え、兵を挙げて孫策と戦ったが敗れ、海路で東冶へ逃れた。孫策が追撃して大破すると、王朗は孫策のもとへ出頭した。