184年 - 189年

涼州の乱

展開15

馬騰・王国らの合流

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馬騰・李相如・王国らが韓遂へ合流し、王国を盟主に推して三輔へ進んだ。

関係する人物

涼州反乱軍

後漢涼州討伐・地方軍

原文

靈帝末,涼州刺史耿鄙任信姦吏,民王國等及氐、羌反叛。州郡募發民中有勇力者,欲討之,騰在募中。州郡異之,署為軍從事,典領部眾。討賊有功,拜軍司馬,後以功遷偏將軍,又遷征西將軍,常屯汧、隴之間。
日本語対訳

霊帝の末年、涼州刺史の耿鄙が悪吏を任用して信任したため、民の王国らと氐・羌が反乱した。州郡はこれを討つため、民の中から勇力のある者を募り出し、馬騰もその募兵の中にいた。州郡は馬騰を並外れた人物と見て軍従事に任じ、部隊の指揮を担当させた。馬騰は賊を討って功績を挙げ、軍司馬に任じられ、のちに功績によって偏将軍、さらに征西将軍へ昇進し、常に汧・隴の間へ駐屯した。

太守李相如反,與遂連和,共殺涼州刺史耿鄙。而鄙司馬扶風馬騰,亦擁兵反叛,又漢陽王國,自號「合眾將軍」,皆與韓遂合。共推王國為主,悉令領其眾,寇掠三輔。
日本語対訳

隴西太守の李相如は反乱して韓遂と結び、涼州刺史の耿鄙を殺した。耿鄙の司馬だった馬騰も兵を擁して反乱し、合衆将軍を称する漢陽の王国とともに韓遂へ合流した。諸軍は王国を盟主に推し、三輔を侵した。