188年 - 189年

西園八校尉と宮廷政変

展開07

何進の決断遅延

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何苗宦官との和解を勧め、袁紹は早期決着を迫ったが、何進は決断を延ばした。

関係する人物

霊帝・少帝政権

何進・袁紹派

原文

太后猶不從苗謂進曰「始共從南陽來俱以貧賤依省內以致貴富國家之事亦何容易覆水不可收宜深思之且與省內和也」進意更狐疑紹懼進變計乃脅之曰「交搆已成形埶已露事留變生將軍復欲何待而不早決之乎」進於是以紹為司隸校尉假節專命擊斷從事中郎王允為河南尹紹使洛陽方略武吏司察宦者而促董卓等使馳驛上欲進兵平樂觀
日本語対訳

何太后はなお宦官排斥へ同意しなかった。何苗は、宮中との関係で富貴を得た経緯を挙げ、覆した水は戻せないとして宦官との和解を勧めた。何進がさらに迷うと、袁紹は早い決断を迫った。何進袁紹司隷校尉従事中郎王允河南尹とし、袁紹洛陽方略武吏宦官を監察させた。