192年 - 196年

董卓暗殺と後漢朝廷の流転

展開14

曹操の洛陽入城と許遷都

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曹操洛陽へ入って韓暹を退け、献帝から録尚書事に任じられた。荒廃した洛陽に代わって献帝へ移り、朝廷制度が再建された。

関係する人物

後漢朝廷

曹操勢力

原文

洛陽殘破董昭等勸太祖都許九月車駕出轘轅而東以太祖爲大將軍封武平侯自天子西遷朝廷日亂至是宗廟社稷制度始立
日本語対訳

洛陽は荒廃していたため、董昭らは曹操を都とするよう勧めた。九月、献帝一行は轘轅を出て東へ進み、曹操大将軍となって武平侯に封じられた。天子が西へ移って以来、朝廷は乱れていたが、この時に宗廟社稷と制度が初めて整えられた。