197年 - 199年

曹操・張繡の宛城攻防

展開03

宛城急襲と曹操敗走

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張繡軍は曹操の陣へ入り込んで急襲し、曹操を負傷させた。曹昂は自分の馬を譲って父を逃がし、曹安民とともに戦死した。

関係する人物

曹操勢力

張繡勢力

原文

繡降,(凌統)用賈詡計,乞徙軍就高道,道由太祖屯中。繡又曰:「車少而重,乞得使兵各被甲。」太祖信繡,皆聽之。繡乃嚴兵入屯,掩太祖。太祖不備,故敗。
日本語対訳

張繡は降伏後、賈詡の策を用いて、高所へ陣を移すため曹操の陣中を通りたいと願った。さらに、荷車が少なく荷が重いので兵に鎧を着せたいと求め、曹操はどちらも許した。張繡は武装した兵を曹操の陣へ入れて急襲し、備えのなかった曹操軍を破った。