195年 - 198年 徐州争奪と呂布の最期 展開13 陳登、広陵兵を率いて先鋒となる 出来事に戻る 曹操が下邳へ到着すると、広陵太守の陳登は郡兵を率いて攻城軍の先鋒となった。 関係する人物 呂布勢力 呂布陳登の弟を人質にして和睦を求める下邳の守将張弘陳登の弟三人を城外へ連れ出す呂布配下の監察役 曹操勢力 曹操陳登の郡兵を先鋒とする攻城軍指揮者 後漢朝廷・徐州勢力 陳登広陵兵を率いる曹操軍の先鋒 原文 陳寿本文巻七 呂布伝・陳登、広陵兵を率いて先鋒となる 太祖到下邳,登率郡兵爲軍先驅。 日本語対訳曹操が下邳に到着すると、陳登は郡兵を率いて軍の先鋒となった。 裴注之引用書・先賢行狀巻七 呂布伝・陳登の先鋒と張弘の人質救出 太祖到下邳,登率郡兵爲軍先驅。時登諸弟在下邳城中,布乃質執登三弟,欲求和同。登執意不撓,進圍日急。布刺姦張弘,懼於後累,夜將登三弟出就登。 日本語対訳曹操が下邳へ到着すると、陳登は郡兵を率いて先鋒となった。陳登の弟三人が城内にいたため、呂布は彼らを人質にして和睦を求めようとしたが、陳登は攻撃を緩めなかった。呂布配下の監察役・張弘は後難を恐れ、夜に三人を陳登のもとへ連れ出した。
裴注之引用書・先賢行狀巻七 呂布伝・陳登の先鋒と張弘の人質救出 太祖到下邳,登率郡兵爲軍先驅。時登諸弟在下邳城中,布乃質執登三弟,欲求和同。登執意不撓,進圍日急。布刺姦張弘,懼於後累,夜將登三弟出就登。 日本語対訳曹操が下邳へ到着すると、陳登は郡兵を率いて先鋒となった。陳登の弟三人が城内にいたため、呂布は彼らを人質にして和睦を求めようとしたが、陳登は攻撃を緩めなかった。呂布配下の監察役・張弘は後難を恐れ、夜に三人を陳登のもとへ連れ出した。