195年 - 198年

徐州争奪と呂布の最期

袁術公路えんじゅつ

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呂布との婚姻同盟を図る淮南の勢力主

袁術勢力

袁術は息子と呂布の娘の婚姻を求め、使者韓胤に皇帝を称する計画も伝えさせたが、婚姻を破棄された。

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原文

沛相陳珪恐術、布成婚,則徐、揚合從,將爲國難,於是往說布曰:「曹公奉迎天子,輔讚國政,威靈命世,將征四海,將軍宜與恊同策謀,圖太山之安。今與術結婚,受天下不義之名,必有累卵之危。」布亦怨術初不己受也,女已在塗,追還絕婚,械送韓胤,梟首許市。
日本語対訳

沛相の陳珪は、袁術と呂布が婚姻すれば徐州と揚州が連携し、国家の難になると恐れた。そこで呂布に曹操と協力するよう説き、呂布は道中の娘を呼び戻して婚姻を断ち、韓胤を拘束して許へ送り、市でさらし首にした。