184年 - 189年

涼州の乱

展開19

王国の死・廃立と諸部の分裂

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陳倉敗戦後、王国は逃走中に死んだとも韓遂らに廃されたとも伝わり、閻忠の死後に諸部は分裂した。

関係する人物

涼州反乱軍

原文

韓遂等復共廢王國而劫故信都令漢陽閻忠使督統諸部《英雄記》曰「王國等起兵劫忠為主統三十六部號『車騎將軍』」忠恥為眾所脅感恚病死遂等稍爭權利更相殺害其諸部曲並各分乖
日本語対訳

韓遂らは再び共同で王国を廃し、元信都県令漢陽の人である閻忠を脅して、諸部を監督・統率させた。『英雄記』によれば、王国らは兵を挙げると閻忠を脅して盟主とし、三十六部を統率させて車騎将軍と号させた。閻忠は人々に脅されたことを恥じ、憤りのため病死した。韓遂らはしだいに権力と利益を争って互いに殺害し、その配下の諸部もそれぞれ離反して分裂した。