184年 - 189年

涼州の乱

展開06

涼州放棄論

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長引く徴発を受けて崔烈が涼州放棄を唱え、傅燮が要衝を捨てるべきでないと退けた。

関係する人物

後漢涼州討伐・地方軍

原文

會西羌反,邊章、韓遂作亂隴右,征發天下,役賦無已。司徒崔烈以為宜棄涼州。詔會公卿百官,烈堅執先議。燮厲言曰:「斬司徒,天下乃安。」又曰:「今涼州天下要衝,國家藩衛。今牧御失和,使一州叛逆,海內為之騷動。烈為宰相,不念為國思所以弭之之策,乃欲割棄一方萬里之土,臣竊惑之。」帝從燮議。
日本語対訳

折しも西羌が反乱し、辺章・韓遂が隴右で乱を起こしたため、天下からの徴発と労役・租税がやまなかった。司徒の崔烈は涼州を放棄すべきだと考えた。詔によって公卿百官が集められると、崔烈は従来の主張を固く譲らなかった。傅燮は声を激しくして「司徒を斬れば、天下は安らかになる」と言った。さらに「いま涼州は天下の要衝であり、国家を守る垣根です。いま統治が調和を失って一州を反逆させ、海内を騒がせています。崔烈は宰相でありながら、国のために鎮定する方策を考えず、一方の万里に及ぶ土地を切り捨てようとしています。私はひそかにこれを疑います」と述べた。霊帝は傅燮の意見に従った。