189年 - 191年

董卓専横と反董卓連合

展開10

陽城住民への虐殺

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董卓軍は陽城の祭祀に集まった住民を襲い、男性を殺し、女性と財物を略奪した。

関係する人物

董卓政権・董卓軍

原文

卓性殘忍不仁,遂以嚴刑脅衆,睚眦之隙必報,人不自保。甞遣軍到陽城。時適二月社,民各在其社下,悉就斷其男子頭,駕其車牛,載其婦女財物,以所斷頭繫車轅軸,連軫而還洛,云攻賊大獲,稱萬歲。入開陽城門,焚燒其頭,以婦女與甲兵爲婢妾。
日本語対訳

董卓は残忍で情けがなく、厳刑、すなわち厳しい刑罰で人々を脅し、わずかな恨みも必ず報復したため、人々は身の安全を保てなかった。かつて軍を陽城へ派遣した。ちょうど二月の社祭の日で、住民はそれぞれ祭祀の場所に集まっていた。董卓軍は男性の首をすべて斬り、住民の車と牛を使って女性と財物を載せ、斬った首を車の長柄や車軸に結び付け、車を連ねて洛陽へ戻った。そして反乱勢力を攻めて大勝したと称し、万歳を唱えた。開陽城門へ入ると首を焼き、女性を兵士の婢妾として与えた。