189年 - 191年

董卓専横と反董卓連合

董卓仲穎とうたく

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援軍到着を偽装する入洛軍指揮者

董卓政権・董卓軍

三千ほどの兵を数日ごとに夜間退城・翌朝再入城させ、大軍に見せて洛陽を威圧した。

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原文

卓初入洛陽,步騎不過三千,自嫌兵少,不為遠近所服;率四五日,輒夜遣兵出四城門,明日陳旌鼓而入,宣言云「西兵復入至洛中」。人不覺,謂卓兵不可勝數。
日本語対訳

『九州春秋』によれば、董卓が洛陽へ入った時、歩兵と騎兵は三千に満たなかった。兵が少なく遠近の人々が服従しないことを懸念し、四、五日ごとに夜中に兵を四つの城門から出し、翌朝、旗と太鼓を並べて再び入城させ、西方の兵が新たに到着したと宣伝した。人々は気づかず、董卓軍は数え切れないと思った。