197年 - 199年 曹操・張繡の宛城攻防 展開07 南陽再反乱と曹操の反攻 出来事に戻る 南陽・章陵の諸県が再び張繡に応じ、曹洪も苦戦した。曹操は南下して湖陽と舞陰を攻略し、南陽方面を押し返した。 関係する人物 曹操勢力 曹操南陽反攻軍総指揮曹洪南陽方面担当の曹操軍将 張繡勢力 張繡南陽諸県の反曹操勢力指導者 劉表勢力 劉表張繡の同盟者・荊州牧鄧済湖陽守備将・劉表配下 原文 陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・南陽諸県の再反乱と曹操の反攻 公之自舞陰還也,南陽、章陵諸縣復叛爲繡,公遣曹洪擊之,不利,還屯葉,數爲繡、表所侵。冬十一月,公自南征,至宛。表將鄧濟據湖陽。攻拔之,生禽濟,湖陽降。攻舞陰,下之。 日本語対訳曹操が舞陰から帰ると、南陽・章陵の諸県は再び張繡に味方した。曹洪が攻めたものの不利となり、葉に退いて張繡・劉表軍の攻撃を受けた。冬十一月、曹操は自ら南征して宛に至り、湖陽を守る劉表配下の鄧済を捕らえ、湖陽と舞陰を攻略した。
陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・南陽諸県の再反乱と曹操の反攻 公之自舞陰還也,南陽、章陵諸縣復叛爲繡,公遣曹洪擊之,不利,還屯葉,數爲繡、表所侵。冬十一月,公自南征,至宛。表將鄧濟據湖陽。攻拔之,生禽濟,湖陽降。攻舞陰,下之。 日本語対訳曹操が舞陰から帰ると、南陽・章陵の諸県は再び張繡に味方した。曹洪が攻めたものの不利となり、葉に退いて張繡・劉表軍の攻撃を受けた。冬十一月、曹操は自ら南征して宛に至り、湖陽を守る劉表配下の鄧済を捕らえ、湖陽と舞陰を攻略した。