195年 - 199年 袁術の皇帝僭称 展開06 張勲軍の徐州進攻と敗北 楊奉ようほう 出来事に戻る 袁術軍から呂布側へ転じる将その他地方勢力 袁術軍から呂布側へ転じる将。袁術は張勲らを徐州へ送ったが、韓暹・楊奉が呂布側へ転じたため連合軍は崩れ、張勲軍は大敗した。 伝 楊奉に関連する出来事一覧 原文 陳寿本文巻七 呂布伝・袁術軍の徐州侵攻 術怒,與韓暹、楊奉等連勢,遣大將張勳攻布。 日本語対訳袁術は怒り、韓暹・楊奉らと勢力を連ね、大将張勲を派遣して呂布を攻めさせた。 陳寿本文巻七 呂布伝・韓暹・楊奉の離反と袁術軍撃破 珪曰:「暹、奉與術,卒合之軍耳,策謀不素定,不能相維持,子登策之,比之連雞,勢不俱棲,可解離也。」布用珪策,遣人說暹、奉,使與己并力共擊術軍,軍資所有,悉許暹、奉。於是暹、奉從之,勳大破敗。 日本語対訳陳珪は、韓暹・楊奉と袁術の軍は急に集まっただけで、策もあらかじめ定まらず、互いを支えきれないと見抜いた。呂布はその策を用いて二人を説得し、共同して袁術軍を攻めると、張勲軍は大敗した。
陳寿本文巻七 呂布伝・韓暹・楊奉の離反と袁術軍撃破 珪曰:「暹、奉與術,卒合之軍耳,策謀不素定,不能相維持,子登策之,比之連雞,勢不俱棲,可解離也。」布用珪策,遣人說暹、奉,使與己并力共擊術軍,軍資所有,悉許暹、奉。於是暹、奉從之,勳大破敗。 日本語対訳陳珪は、韓暹・楊奉と袁術の軍は急に集まっただけで、策もあらかじめ定まらず、互いを支えきれないと見抜いた。呂布はその策を用いて二人を説得し、共同して袁術軍を攻めると、張勲軍は大敗した。