195年 - 199年

袁術の皇帝僭称

雷薄らいはく

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灊山で袁術を拒む旧部

袁術勢力

袁術の配下だった将。袁術が敗走して灊山へ頼って来ると、その受け入れを拒んだ

雷薄に関連する出来事一覧

原文

裴注之引用書・呉書巻六 袁術伝・江亭での最期
術旣爲雷薄等所拒,留住三日,士衆絕糧,乃還至江亭,去壽春八十里。問廚下,尚有麥屑三十斛。時盛暑,欲得蜜漿,又無蜜。坐櫺牀上,歎息良久,乃大咤曰:「袁術至於此乎!」因頓伏牀下,嘔血斗餘,遂死。
日本語対訳

袁術は雷薄らに拒まれると三日間とどまったが、兵士たちの食糧が尽きたため引き返し、寿春から八十里の江亭へ着いた。台所へ尋ねると、麦くずが三十斛残るだけだった。盛夏のため蜜漿を求めたが、蜜もなかった。櫺床に座って長く嘆息した後、「袁術ともあろう者が、ここまで落ちたか」と大声で叫び、床の下へ倒れ込み、大量の血を吐いて死んだ。