191年 - 199年

袁紹・公孫瓚の河北争奪

展開03

高幹・荀諶の韓馥説得

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高幹荀諶らは、公孫瓚袁紹の圧力を示して韓馥冀州譲渡を勧めた。

関係する人物

袁紹勢力

公孫瓚勢力

  • 公孫瓚説得材料となる北方の軍事勢力

後漢官吏・諸勢力

原文

紹還軍延津因馥惶遽使陳留高幹頴川荀諶等說馥曰「公孫瓚乘勝來向南而諸郡應之袁車騎引軍東向此其意不可知竊爲將軍危之」馥曰「爲之柰何」諶曰「公孫提燕代之卒其鋒不可當袁氏一時之傑必不爲將軍下夫冀州天下之重資也若兩雄并力兵交於城下危亡可立而待也夫袁氏將軍之舊且同盟也當今爲將軍計莫若舉冀州以讓袁氏袁氏得冀州則瓚不能與之爭必厚德將軍冀州入於親交是將軍有讓賢之名而身安於泰山也願將軍勿疑
日本語対訳

袁紹延津へ軍を戻すと、韓馥が動揺しているのを受け、陳留高幹潁川荀諶らを送って説得させた。彼らは「公孫瓚が勝利に乗じて南下し、諸郡も呼応しています。袁車騎も軍を東へ向け、その意図は分かりません。ひそかに将軍の身を危ぶんでいます」と述べた。韓馥が対処を尋ねると、荀諶は「公孫瓚が率いるの兵の勢いには当たれません。袁氏は当代の傑物で、将軍の下にはつかないでしょう。冀州は天下の重要な基盤です。二人の雄が力を合わせて城下で戦えば、滅亡は目前です。袁氏は将軍の旧知で同盟者でもあります。冀州を袁氏へ譲るのが最善です。袁氏が冀州を得れば、公孫瓚は争えず、袁氏は将軍の恩を厚く感じるでしょう。冀州を親しい相手へ渡せば、将軍は賢者へ譲った名声を得て、身も泰山のように安泰です。疑わないでください」と説いた。