秣陵から湖孰・江乗へ攻略を進める指揮官
孫策勢力
父の旧兵を受け継ぎ、長江を渡って劉繇・王朗らを破った。諸将と地域勢力を取り込み、孫氏の江東支配を築いたが、許貢の客に襲われ二十六歳で死去した。この展開では秣陵から湖孰・江乗へ攻略を進める指揮官として関わる
原文
裴注之引用書・江表傳巻四十六 孫策伝・秣陵・笮融との攻防
時彭城相薛禮、下邳相笮融依繇爲盟主,禮據秣陵城,融屯縣南。策先攻融,融出兵交戰,斬首五百餘級,融卽閉門不敢動。因渡江攻禮,禮突走。
裴注之引用書・江表傳巻四十六 孫策伝・湖孰・江乗の攻略
策以融所屯地勢險固,乃捨去,攻破繇別將於海陵,轉攻湖孰、江乘,皆下之。