曹操は徐州出征中に本拠兗州の大半を失うとしてこの展開に関わった。曹操軍が徐州遠征を続ける間、張超・陳宮・許汜・王楷らは張邈を動かして離反し、呂布を兗州牧として迎えた。曹操は敵地に主力を置いたまま本拠の大半を失った。
伝
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原文
興平元年,太祖復征謙,邈弟超,與太祖將陳宮、從事中郎許汜、王楷共謀叛太祖。
宮說邈曰:「今州軍東征,其處空虛,呂布壯士,善戰無前,若權迎之,共牧兖州。」邈從之。
日本語対訳陳宮は張邈に説いた。『いま州軍は東征し、その本拠は空いています。呂布は勇壮で、戦えば並ぶ者がいません。ひとまず彼を迎え、ともに兗州を治めてはいかがでしょう』。張邈はこれに従った。
太祖初使宮將兵留屯東郡,遂以其衆東迎布爲兖州牧,據濮陽。