193年 - 195年

曹操の徐州侵攻と兗州争奪

張超ちょうちょう

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張邈の弟として反乱に参加

その他地方勢力

張超は張邈の弟として反乱に参加としてこの展開に関わった。曹操軍が徐州遠征を続ける間、張超・陳宮・許汜・王楷らは張邈を動かして離反し、呂布を兗州牧として迎えた。曹操は敵地に主力を置いたまま本拠の大半を失った。張超は雍丘を守る反曹操軍の指揮者としてこの展開に関わった。曹操は張超が守る雍丘を数か月包囲して陥落させた。張邈も袁術へ救援を求める途中で殺害され、反曹操勢力の拠点が失われて兗州争奪は終結した

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原文

宮說邈曰:「今州軍東征,其處空虛,呂布壯士,善戰無前,若權迎之,共牧兖州。」邈從之。
日本語対訳

陳宮は張邈に説いた。『いま州軍は東征し、その本拠は空いています。呂布は勇壮で、戦えば並ぶ者がいません。ひとまず彼を迎え、ともに兗州を治めてはいかがでしょう』。張邈はこれに従った。