程昱は荀彧とともに兗州の防衛を担当としてこの展開に関わった。曹操は荀彧・程昱に兗州の留守を託して徐州へ再侵攻し、五城を落として東海まで進んだ。主力が徐州深部へ進む一方、本拠の防備は留守軍に委ねられた。程昱は袁紹連和案を退けるよう諫める参謀としてこの展開に関わった。袁紹が燕・趙を擁するなか、兗州と軍糧を失った曹操は連和案と家族の鄴移住を受け入れかけた。程昱の諫止で翻意し、袁紹の傘下に入る危機を避けた
原文
夏,使荀彧、程昱守鄄城,復征陶謙,拔五城,遂略地至東海。
郡縣皆應。荀彧、程昱保鄄城,范、東阿二縣固守,太祖乃引軍還。
又與程昱計,使説范、東阿,卒全三城,以待太祖。
袁紹使人說太祖連和,欲使太祖遷家居鄴。太祖新失兗州,軍食盡,將許之。
程昱曰:「夫袁紹據燕、趙之地,有并天下之心,而智不能濟也。將軍自度能為之下乎?」太祖乃止。