201年 - 207年 曹操の河北平定 展開07 漳水の水攻め 審配しんぱい 出来事に戻る 鄴の守将袁紹勢力 初めは浅く掘って渡れそうに見せたため、審配は笑って妨害に出なかった 伝 審配に関連する出来事一覧 原文 陳寿本文巻六 袁紹伝・漳水の水攻め 太祖遂圍之,為塹,周四十里,初令淺,示若可越。配望而笑之,不出爭利。太祖一夜掘之,廣深二丈,決漳水以灌之,自五月至八月,城中餓死者過半。 日本語対訳曹操は鄴を包囲し、周囲四十里に壕を作った。初めは浅く掘って渡れそうに見せたため、審配は笑って妨害に出なかった。曹操は一夜で幅と深さが二丈の壕に掘り直し、漳水を引き入れた。五月から八月までに、城内では飢えて死ぬ者が半数を超えた。
陳寿本文巻六 袁紹伝・漳水の水攻め 太祖遂圍之,為塹,周四十里,初令淺,示若可越。配望而笑之,不出爭利。太祖一夜掘之,廣深二丈,決漳水以灌之,自五月至八月,城中餓死者過半。 日本語対訳曹操は鄴を包囲し、周囲四十里に壕を作った。初めは浅く掘って渡れそうに見せたため、審配は笑って妨害に出なかった。曹操は一夜で幅と深さが二丈の壕に掘り直し、漳水を引き入れた。五月から八月までに、城内では飢えて死ぬ者が半数を超えた。