201年 - 207年

曹操の河北平定

袁譚顕思えんたん

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袁氏の長男

袁紹勢力

末子の袁尚が後を継ぎ、袁譚は自ら車騎将軍を名乗って黎陽に駐屯した。審配・逢紀は袁尚に、辛評・郭図は袁譚に付いた。人々は長男の袁譚を立てようとしたが、審配らは袁紹の生前の意向を理由に袁尚を後継者として奉じた。袁譚は後を継げず、自ら車騎将軍を名乗ったため、兄弟の間に亀裂が生じた

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原文

紹愛少子尚,皃美,欲以為後而未顯。審配、逢紀與辛評、郭圖爭權,配、紀與尚比,評、圖與譚比。衆以譚長,欲立之。配等恐譚立而評等為己害,緣紹素意,乃奉尚代紹位。譚至,不得立,自號車騎將軍。由是譚、尚有隙。
日本語対訳

袁紹は容姿の整った末子の袁尚を愛し、後継者にしようと考えていたが、公にはしていなかった。審配・逢紀は袁尚に、辛評・郭図は袁譚に付いた。人々は長男の袁譚を立てようとしたが、審配らは袁紹の生前の意向を理由に袁尚を後継者として奉じた。袁譚は後を継げず、自ら車騎将軍を名乗ったため、兄弟の間に亀裂が生じた。