201年 - 207年 曹操の河北平定 展開14 白狼山の戦い 能臣抵之のうしんていし 出来事に戻る 右北平烏丸の単于烏丸勢力 袁尚・袁熙は蹋頓、遼西単于の楼班、右北平単于の能臣抵之らと数万騎を率いて曹操軍を迎え撃った 伝 能臣抵之に関連する出来事一覧 原文 陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・白狼山の戦い 尚、熙與蹋頓、遼西單于樓班、右北平單于能臣抵之等,將數萬騎逆軍。八月,登白狼山,卒與虜遇,衆甚盛。公登高,望虜陣不整,乃縱兵擊之,使張遼爲先鋒,虜衆大崩,斬蹋頓及名王已下。 日本語対訳袁尚・袁熙は蹋頓、遼西単于の楼班、右北平単于の能臣抵之らと数万騎を率いて曹操軍を迎え撃った。八月、曹操軍が白狼山へ登ったところで突然遭遇し、敵は非常に多かった。曹操は高所から敵陣が整っていないのを見て攻撃を命じ、張遼を先鋒にした。烏丸軍は大きく崩れ、蹋頓と名王以下が討たれた。
陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・白狼山の戦い 尚、熙與蹋頓、遼西單于樓班、右北平單于能臣抵之等,將數萬騎逆軍。八月,登白狼山,卒與虜遇,衆甚盛。公登高,望虜陣不整,乃縱兵擊之,使張遼爲先鋒,虜衆大崩,斬蹋頓及名王已下。 日本語対訳袁尚・袁熙は蹋頓、遼西単于の楼班、右北平単于の能臣抵之らと数万騎を率いて曹操軍を迎え撃った。八月、曹操軍が白狼山へ登ったところで突然遭遇し、敵は非常に多かった。曹操は高所から敵陣が整っていないのを見て攻撃を命じ、張遼を先鋒にした。烏丸軍は大きく崩れ、蹋頓と名王以下が討たれた。