201年 - 207年

曹操の河北平定

展開13

田疇の盧龍道案内

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沿岸の道が大雨で進めなくなると、田疇は廃道となっていた盧龍塞を通る奇襲路を提案した。曹操軍は山谷を切り開いて烏丸軍の備えのない背後へ進んだ。

関係する人物

曹操勢力

  • 曹操北方遠征軍の総指揮官

その他地方勢力

  • 田疇北方遠征の経路案内役

原文

時方夏水雨,而濵海洿下,濘滯不通,虜亦遮守蹊要,軍不得進。太祖患之,以問疇。疇曰:「舊北平郡治在平岡,道出盧龍,達于柳城;自建武以來,陷壞斷絕,垂二百載,而尚有微徑可從。」太祖曰:「善。」太祖令疇將其衆為鄉導,上徐無山,出盧龍,歷平岡,登白狼堆。
日本語対訳

夏の長雨で沿岸の低地がぬかるみ、烏丸軍が要所を守ったため、曹操軍は進めなくなった。曹操が田疇に尋ねると、田疇は、旧北平郡の治所だった平岡から盧龍を出て柳城へ至る道は約二百年間途絶えているが、なお細い道が残ると答えた。曹操はこの策を採り、田疇に案内させて徐無山を登り、盧龍を出て平岡を通り、白狼堆へ進んだ。