201年 - 207年

曹操の河北平定

展開15

公孫康による袁氏兄弟殺害

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袁尚と袁熙は遼東の公孫康を頼った。曹操は追撃せず、公孫康が両者を警戒して殺すと読み、実際にその首級が曹操へ送られた。

関係する人物

曹操勢力

  • 曹操河北平定軍の総指揮官

袁紹勢力

烏丸勢力

遼東勢力

原文

尚、熙奔遼東。公曰:「吾方使康斬送尚、熙首,不煩兵矣。」九月,公引兵自柳城還。康即斬尚、熙及速僕丸等,傳其首。公曰:「彼素畏尚等,吾急之則并力,緩之則自相圖,其勢然也。」
日本語対訳

袁尚と袁熙は遼東へ逃れた。曹操は、公孫康に袁尚・袁熙の首を送らせるので軍を動かす必要はないと述べ、九月に柳城から引き返した。公孫康は袁尚・袁熙と速僕丸らを斬り、その首を送った。曹操は、公孫康が以前から袁尚らを恐れており、急攻すれば協力するが、圧力を緩めれば互いに相手を排除すると説明した。