201年 - 207年 曹操の河北平定 展開12 高幹の反乱と壺関陥落 出来事に戻る 并州刺史として曹操に降っていた高幹が反乱し、壺関を守った。曹操は三か月の包囲で城を落とし、高幹は逃亡中に上洛都尉の王琰に討たれた。 関係する人物 曹操勢力 曹操壺関攻略の総指揮官楽進壺関攻撃軍の将李典壺関攻撃軍の将王琰上洛都尉 袁紹勢力 高幹并州刺史 原文 陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・高幹の反乱と壺関陥落 初,袁紹以甥高幹領并州牧,公之拔鄴,幹降,遂以爲刺史。幹聞公討烏丸,乃以州叛,執上黨太守,舉兵守壺關口。遣樂進、李典擊之。十一年春正月,公征幹。公圍壺關三月,拔之。幹遂走荊州,上洛都尉王琰捕斬之。 日本語対訳袁紹は甥の高幹に并州牧を務めさせていた。曹操が鄴を攻略すると高幹は降伏し、そのまま刺史とされた。しかし高幹は并州で反乱し、上党太守を捕らえて壺関口を守った。曹操は楽進と李典を送り、建安十一年春正月には自ら討伐へ向かった。壺関を三か月包囲して落とすと、高幹は荊州へ逃れようとしたが、上洛都尉の王琰に捕らえられて斬られた。
陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・高幹の反乱と壺関陥落 初,袁紹以甥高幹領并州牧,公之拔鄴,幹降,遂以爲刺史。幹聞公討烏丸,乃以州叛,執上黨太守,舉兵守壺關口。遣樂進、李典擊之。十一年春正月,公征幹。公圍壺關三月,拔之。幹遂走荊州,上洛都尉王琰捕斬之。 日本語対訳袁紹は甥の高幹に并州牧を務めさせていた。曹操が鄴を攻略すると高幹は降伏し、そのまま刺史とされた。しかし高幹は并州で反乱し、上党太守を捕らえて壺関口を守った。曹操は楽進と李典を送り、建安十一年春正月には自ら討伐へ向かった。壺関を三か月包囲して落とすと、高幹は荊州へ逃れようとしたが、上洛都尉の王琰に捕らえられて斬られた。