195年 - 198年

徐州争奪と呂布の最期

張飛益徳ちょうひ

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劉備から下邳守備を任されたとされる

劉備勢力

張飛は劉備から下邳守備を任されたとされるとしてこの展開に関わった。劉備が袁術軍と対陣する間、下邳では張飛と陶謙旧将曹豹の対立が起きた。曹豹側が呂布を招くと、呂布は城を奪い、劉備の妻子を捕らえた。

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原文

布水陸東下,軍到下邳西四十里。備中郎將丹楊許耽夜遣司馬章誑來詣布,言「張益德與下邳相曹豹共爭,益德殺豹,城中大亂,不相信。丹楊兵有千人屯西白城門內,聞將軍來東,大小踊躍,如復更生。將軍兵向城西門,丹楊軍便開門內將軍矣」。布遂夜進,晨到城下。天明,丹楊兵悉開門內布兵。
日本語対訳

呂布は水陸から東へ進み、下邳の西四十里まで来た。劉備配下の丹楊出身の許耽は、夜に司馬の章誑を呂布へ送り、『張飛と下邳相の曹豹が争い、張飛が曹豹を殺して城内が混乱しています。西の白門内にいる丹楊兵千人は、将軍が来れば門を開きます』と伝えた。呂布は夜のうちに進み、夜明けに丹楊兵が門を開いて呂布軍を入れた。