袁術側として参戦した勢力
その他地方勢力
楊奉は袁術側として参戦した勢力としてこの展開に関わった。婚姻破棄と韓胤送致を受けた袁術は、韓暹・楊奉らと勢力を連ね、張勲を派遣して呂布を攻めた。徐州をめぐる争いは袁術軍を含む広域戦へ拡大した。楊奉は袁術側から呂布側へ転じるとしてこの展開に関わった。陳珪は袁術・韓暹・楊奉の連携が急造で崩しやすいと見抜いた。呂布は両者を説得して袁術側から離反させ、共同攻撃で張勲軍を破った
原文
珪曰:「暹、奉與術,卒合之軍耳,策謀不素定,不能相維持,子登策之,比之連雞,勢不俱棲,可解離也。」布用珪策,遣人說暹、奉,使與己并力共擊術軍,軍資所有,悉許暹、奉。於是暹、奉從之,勳大破敗。
陳寿本文巻七 呂布伝・袁術軍の徐州侵攻
術怒,與韓暹、楊奉等連勢,遣大將張勳攻布。