195年 - 198年

徐州争奪と呂布の最期

夏侯惇かこうとん

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劉備救援軍を率いる曹操軍指揮者

曹操勢力

夏侯惇は劉備救援軍を率いる曹操軍指揮者としてこの展開に関わった。曹操は夏侯惇を派遣して劉備を救援したが、高順軍に敗北した。小沛は陥落し、劉備は単身で逃走、妻子は再び呂布側の捕虜となった

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原文

建安三年春,布使人齎金欲詣河內買馬,爲備兵所鈔。布由是遣中郎將高順、北地太守張遼等攻備。九月,遂破沛城,備單身走,獲其妻息。
日本語対訳

建安三年春、呂布は河内で馬を買わせるため人に金を持たせたが、劉備の兵に奪われた。これを受けて呂布は中郎将の高順、北地太守の張遼らに劉備を攻めさせた。九月、小沛は陥落し、劉備は単身で逃れ、妻子は捕らえられた。