呂布の内情を曹操へ伝えて早期の対応を求め、広陵太守となって対呂布工作を進めた。曹操の東征では広陵兵を率いて下邳攻略の先鋒を務めた
原文
太祖到下邳,登率郡兵爲軍先驅。
裴注之引用書・先賢行狀巻七 呂布伝・陳登の先鋒と張弘の人質救出
太祖到下邳,登率郡兵爲軍先驅。時登諸弟在下邳城中,布乃質執登三弟,欲求和同。登執意不撓,進圍日急。布刺姦張弘,懼於後累,夜將登三弟出就登。
登見太祖,因陳布勇而無計,輕於去就,宜早圖之。太祖曰:「布,狼子野心,誠難久養,非卿莫能究其情也。」即增珪秩中二千石,拜登廣陵太守。臨別,太祖執登手曰:「東方之事便以相付。」令登陰合部衆以爲內應。