184年 - 189年 涼州の乱 展開12 韓遂の指導権掌握 北宮伯玉ほくきゅうはくぎょく 出来事に戻る 韓遂以前の蜂起指導者涼州反乱軍 反乱初期の将軍だったが、韓遂の指導権掌握時に殺された。 伝 北宮伯玉に関連する出来事一覧 原文 関連正史後漢書 巻七十二 董卓列伝・董卓伝・韓遂の指導権掌握 三年春,遣使者持節就長安拜張溫為太尉。其冬,徵溫還京師,韓遂乃殺邊章及伯玉、文侯,擁兵十餘萬,進圍隴西。 日本語対訳中平三年の春、朝廷は使者に節を持たせて長安へ赴かせ、張温を太尉に任じた。その年の冬、張温は都へ呼び戻された。その後、韓遂は辺章・北宮伯玉・李文侯を殺し、十余万の兵を擁して進み、隴西を包囲した。
関連正史後漢書 巻七十二 董卓列伝・董卓伝・韓遂の指導権掌握 三年春,遣使者持節就長安拜張溫為太尉。其冬,徵溫還京師,韓遂乃殺邊章及伯玉、文侯,擁兵十餘萬,進圍隴西。 日本語対訳中平三年の春、朝廷は使者に節を持たせて長安へ赴かせ、張温を太尉に任じた。その年の冬、張温は都へ呼び戻された。その後、韓遂は辺章・北宮伯玉・李文侯を殺し、十余万の兵を擁して進み、隴西を包囲した。