伝
張温に関連する出来事一覧
原文
朝廷復以司空張溫為車騎將軍,假節,執金吾袁滂為副。拜卓破虜將軍,與蕩寇將軍周慎並統於溫。并諸郡兵步騎合十餘萬,屯美陽,以衛園陵。章、遂亦進兵美陽。溫、卓與戰,輒不利。
溫乃遣周慎將三萬人追討之。溫參軍事孫堅說慎曰:「賊城中無穀,當外轉糧食。堅願得萬人斷其運道,將軍以大兵繼後,賊必困乏而不敢戰。若走入羌中,并力討之,則涼州可定也。」慎不從,引軍圍榆中城。而章、遂分屯葵園狹,反斷慎運道。慎懼,乃弃車重而退。
日本語対訳張温は周慎に三万人を率いさせ、辺章・韓遂を追討させた。張温の参軍事である孫堅は周慎に、「敵の城内には穀物がなく、外から食糧を運び込むはずです。私に一万人を与えてその輸送路を断たせ、将軍は大軍を率いて後に続いてください。敵は必ず困窮して戦えなくなります。もし羌の地へ逃げ込めば、力を合わせて討てば涼州を平定できます」と説いた。周慎は従わず、軍を率いて榆中城を包囲した。すると辺章・韓遂は葵園狭へ分かれて駐屯し、逆に周慎の補給路を断った。周慎は恐れ、車両や輜重を捨てて退却した。
溫時亦使卓將兵三萬討先零羌,卓於望垣北為羌胡所圍,糧食乏絕,進退逼急。乃於所度水中偽立堰,以為捕魚,而潛從堰下過軍。比賊追之,決水已深,不得度。時眾軍敗退,唯卓全師而還,屯於扶風,封斄鄉侯,邑千戶。
日本語対訳張温はこのとき董卓にも三万人を率いさせ、先零羌を討たせた。董卓は望垣の北で羌胡に包囲され、食糧が欠乏して進退ともに窮迫した。そこで渡河地点の川中に偽って堰を築き、魚を捕るように見せかけながら、ひそかに堰の下から軍を渡した。敵が追いついたころには堰を切った水がすでに深くなり、渡ることができなかった。このとき諸軍は敗れて退いたが、董卓だけが全軍を保って帰還し、扶風に駐屯した。董卓は斄郷侯に封じられ、食邑千戸を与えられた。
邊章、韓遂作亂涼州,中郎將董卓拒討無功。中平三年,遣司空張溫行車騎將軍,西討章等。溫表請堅與參軍事,屯長安。溫以詔書召卓,卓良久乃詣溫。溫責讓卓,卓應對不順。堅時在坐,前耳語謂溫曰:「卓不怖罪而鴟張大語,宜以召不時至,陳軍法斬之。」溫不忍發舉。
日本語対訳辺章・韓遂が涼州で乱を起こし、中郎将の董卓は防戦・討伐しても功績を挙げられなかった。中平三年、朝廷は司空の張温に車騎将軍を代行させ、辺章らを西方で討たせた。張温は上表して孫堅を参軍事に招き、長安へ駐屯した。張温が詔書によって董卓を召したところ、董卓は長い時間がたってから張温のもとへ来た。張温が董卓を責めても、董卓の応対は従順でなかった。その場にいた孫堅は進み出て張温へ耳打ちし、「董卓は罪を恐れず、威張って大言を吐いています。召しに遅れたことを理由に軍法を明らかにして斬るべきです」と述べたが、張温は処断に踏み切れなかった。
遷幽州刺史,徵拜議郎,參車騎將軍張溫軍事,西討韓遂。