188年 - 189年

西園八校尉と宮廷政変

展開14

少帝・陳留王の北芒逃避

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張譲・段珪らは少帝陳留王小平津へ連れ出し、閔貢らの追撃を受けた。

関係する人物

霊帝・少帝政権

何進・袁紹派

宮中宦官勢力

原文

張讓段珪等困迫遂將帝與陳留王數十人步出穀門奔小平津公卿並出平樂觀無得從者唯尚書盧植夜馳河上王允遣河南中部掾閔貢隨植後貢至手劍斬數人餘皆投河而死明日公卿百官乃奉迎天子還宮以貢為郎中封都亭侯
日本語対訳

張讓段珪らは追い詰められ、ついに天子陳留王を含む数十人を連れ、歩いて穀門を出て小平津へ逃げた。公卿は皆、平楽観まで出たが、二人に従うことのできる者はいなかった。ただ尚書盧植だけが夜に河上へ駆け、王允河南中部掾閔貢を派遣して盧植の後を追わせた。閔貢は到着すると自ら剣を振るって数人を斬り、残りの宦官は皆、河へ身を投げて死んだ。翌日、公卿百官は天子を迎えて宮中へ帰した。閔貢郎中となり、都亭侯に封ぜられた。